M‐1グランプリ2018①

 大分遅くなったし、やすよともこの漫才(これまでより厚みのある舞台だった)が見れたTHE MANNZAIの方が記憶に残っているが、自分の記録には残すべきかと。
 言うまでもなく個人的・独断的見解。些か斜めに見えるとすれば、それが筆者の人となりということで。


 不動の連軸である和牛を除くと最終決戦は残り実質2枠。ここに吉本かつて推しのジャルジャルと、現在推しの霜降り明星が入った時点で、後者と和牛の勝負図式となった。ジャルジャルが持ち上げられなければ、かまいたちなりミキなりしゃべくり系が入ってきて様相を変えたことだろう。

 ジャルジャルは彼ら流すなわちリズム技能芸を貫くと事前に逃げ道が作ってあった。決勝本戦で突飛さと速さ命のこれまでと同工異曲の掛け合いにも拘らず破格の高得点が与えられたのは、卒業と新たな道程への餞だったのだろう。言葉遊びそのものには器用さと努力が十分窺えるとしても、とりわけ最終決戦のネタには漫才とはかけ離れたトレンディエンジェル的な浅い方向性が明らかだった。

 おそらく、霜降りの出来が通り一遍なら「期待の星、大善戦」「和牛に負けたのは仕方ない」というような格好で収束したのだろうが、その勢いとハマり様は、一気に勝たせてもおかしくないところまで会場の空気を沸かすだけのものではあった。バタ臭さとハングリーな匂いを醸しつつ破天荒タイプのボケと、少々聞きづらいところもあるがワンフレーズ仕様でパンチとメリハリの利いたツッコミは迫力がある。まだメジャーな露出が少ない若手故の新鮮なインパクトも後押しした。

 ただ、反復性と応用性という点でどうか?同じネタをもう一度見て笑えるか、気の利いた面白いツッコミフレーズをいつまで更新していけるのか、キャラへの好感と今のパターンが落ち着いた時に新たな境地を開いていく力があるのかは未知数。最高峰に立たせるのはもう少し熟成を待ってからでも遅くないのではという見方は当然あるだろう。
 しかし、予選から決勝に至る勝ち抜きの仕組み、そして何百人?単位の若い観衆を前に、無作為か作為か選考の経緯も基準もはっきりしない審査員が会場の受けを無視できない状況の中で判定にあたるという現在の決勝戦の仕組みの下では、新鮮さと勢いが完成度や熟達を凌駕してしまいがちなのはやむを得ないのかもしれない。

 和牛は別項に譲るとして、出来が良かったと思えたのはしゃべくりのミキと、コント色を封印してしゃべくりで来たかまいたち。
 ミキは、やんちゃな弟がおっさん臭い兄のジャニーズ事務所入りを勝手に応募したという彼らの柄に合ったキャッチ―なネタ。兄昴生の喧しいがなりを抑制気味にしたことで話の起伏が鮮明になり、聞く側が入っていきやすくなった。ここに彼らの今後の課題と方向性が明らかでは。
 キレるのは一種のお約束として、「あぁ、兄ちゃん怒っとる」=弟に翻弄され悩まされる兄という単相の図式=が、「いらちの我慢も到頭爆発しよったか。とぼけた弟もびっくりしとるが、ああ言えばこう言うで、また怒らせるんやろな」というような興趣豊かなノリとなっていくためには、のべつがなり立てるのではなく、効果的なタイミングで効果的に緩急のインパクトを持たせることも必要だろう。
 さらに言えば、素でもそうであろうコンビネーションが彼らの大きな持ち味だが、兄弟の交錯はもちろんワンパターンではない。心此処にあらずで考え込む兄を弟が不安がる場面があってもいいし、反駁もせず優しく微笑むばかりの兄にまごつく弟がいてもいい。従順で聞き分けの良い弟に疑心暗鬼ながら感心しつつ、やはり最後の最後に裏切られてキレる図式ももちろんあるだろう。いずれにせよ、がなり一辺倒を脱却することでネタのバリエーションは兄弟コンビならではの厚みを持つと思うのである。

 かまいたちは気合い十分、ボケとくすぐりの質・量とも昨年を遥かに上回り、これを繰り出すタイミングも二人の呼吸も全く破たんがなかった。ボケる山内が却ってツッコんでいるかのような攻撃性と、そんな逆切れにムキになって防戦する濱家の可笑し味の対比が鮮やかに出た。
 ポイントカードは、小道具としては和牛も粘っこい客に翻弄される店員ネタで「何でカード作りますか聞いてくれないんですか」と絡みの材料に使っていたが、彼らはタイムマシンで時代を戻れたらという設定の下で「彼女に告白したい」という濱家のありそうな願いに対するナンセンスな拘りとして取り上げ、強引に妥当性を主張する山内のおかしな理屈にタジタジとなる濱家の掛け合いで「ポイントカードネタ」として作り上げた。
 正調しゃべくり支持派の自分としては今回は和牛を上回ったのではと言いたくなる出来で、決戦を見たかった気もするが、冒頭触れた如く今回は和牛対会社推しの図式。最後の最後に椅子を明け渡す負け役はまだまだ駆け出しのミキに任せて、敗れてなお強しのつめ跡を残しつつ次回以降の飛躍に期待を持たせた位置どころといったところだろうか。いずれにせよ今回の出来を見る限り、後述するコント的ニュアンスとの兼ね合いを踏まえた比較の難しさはあるものの、和牛との差は縮まった感があった。
 来年も正調しゃべくりで来るか?コント色を盛り込むか?あえて難を言うなら、ハイテンション時の濱家の口跡に聞き取り辛さを感じる点だが、このガラガラした声自体はそれこそ柄に合って好きな声なので悩ましい。

 このほか印象に残ったコンビを挙げておくなら、これもしゃべくりだが「見取り図」。見た目の常識からはボケとツッコミが逆の印象。ボケのリリーはスマートな見かけの割に曲者的な伸びしろもありそうだが、やはりロッチ中岡的茫洋感漂う永山の巨躯が目を引く。しゃべくりの腕は十年余のキャリア相応として、個性の面では期待が持てる。実在しない固有名詞を持ち出して、見る側もスルーし忘れかけた頃「それ誰」とツッコむギャグ、定番らしいが初めて見て、笑えた。

 それから、オール巨人が言っていたのと同様にダークホースとして密かに期待していたのが、これも正調しゃべくりの「ギャロップ」。かまいたちと同じ2004年のコンビ結成だが、NSCでは5期ほど先輩で活動歴は長い。最近東京の演芸番組で見て、充実の時期を迎えた感を強くしていた。年齢不詳のチャラさの大柄な毛利と、短躯小太りのおっさんでハゲのツッコミ林のコンビはいかにもバタ臭いが、長年寄席で鍛えてきた味わいと安定感が持ち味。だが結果的には場負けしてしまい、卒業を迎える前に一度でも経験していればと思わせることになった。持ち時間4分という忙しさも芸風にそぐわなかったのかもしれない。
 ただ、敬愛し、今回も随所に天才的な受けや周囲への配慮を見せていて好もしかった上沼恵美子氏をして「自虐はよくない。今まで何をしとったの」という彼らに対する発言は如何なものか。
 彼らは、毛利のチャラいボケに生真面目丸出しの林が真面目にツッコむのが芸風。確かに暗いとも、悲壮感が漂うとも見え、身につまされる人もいたりするかもしれないが、これがボケのいい加減さやKYぶりを際立たせるのである。自虐と言うならそうだが、衒いがあってなかなか言えない正論を当人が敢えて言うところにおかしみが生まれ、結局は「ハゲがどうした。おっさんがどうした。真面目なハゲじゃ。真面目なおっさんや」ということになるのではないか。そんな芸風のそこをそういうふうに言われると、彼らとしても立つ瀬がないように思えるのだが。
 
 

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