各々の世界構築に躍起 THA MANZAI 2019 勝手な感想

 取りあえず持ち時間はM-1と同じ4分のはずだが、プレ2組を除く21組中ほぼこの枠内に収めたのは4組。一方4分~5分が6組、また5分~6分も6組あり、さらに6分を超えたコンビが華丸・大吉、NON STYLE、アンタッチャブル、おぎやはぎ、千鳥の5組に達した。手元の計測では最長は千鳥の6分45秒。
 各人の表情やテンションを併せて見るに、やはりこれだけのメンバーが一堂に会する機会は緊張と高揚を伴うのだろう。シチュエーション型あるいはコント風漫才を中心に時間が嵩みがちなのは已む無しか。一方、しゃべくりの銀シャリやナイツのように幾らでも長く演じられる腕の持ち主が舌足らずにならずに4分で収めてしまえるのも実力というものだろう。
 いずれにせよ出場した漫才師たちがそれぞれ自分たちの世界の構築に真面目に取り組む姿勢は伝わってきた。個人的には5分は欲しい気がするが…
 
 以下、勝手な感想。
 個人的にこの日のベスト3はナイツ、銀シャリ、テンダラー。次いでパンクブーブーとタカアンドトシ。ウーマンラッシュアワーが特別賞相当。

 爆笑問題の迎合的な風刺より遥かに鋭いナイツの毒吐き時事ギャグは、4分カツカツの時間でも過不足ないほどスピーディーに畳み掛けてくる。ちょっと弱いネタや説明が必要なようなネタが時折挟まるのは、起伏強弱を狙ったものだろうか。

 銀シャリは、野菜の呼び名に必ず「ん」が入る「濁音」が付くという、見る側も「どんなんや」と感情移入しやすい好ネタをWボケで見せた。初め英語読みあたりで「うん、うん」と頷かせ、その後「品種ありなん」「成分やん」「ありなん。胃腸薬やん」「料理やん」「困ったらバターで炒めんの止めろ」「いや、アイスなってるやん」とこじつけで笑わすしゃべくりが滑らか。「ごめんやさい」のオチまで緩みがなかった。

 テンダラーはたけしを前に普段以上の気合の乗り。デート、あおり運転をネタにしたギャグの速射に続き、今や独壇場の浜本の背景音付き連発式マイム。必殺仕事人の場合は♪タカター~、今回の五輪表彰式バージョンは例のヘンデルの♪パーパーパパーパ~。失くしたり、投げたり、一緒に首を突っ込んだり、とんでもメダル授与6パターンを連発し、かじるシーンを横取りするオチ。メダルを貰う側の白川のリアクションとツッコミも冴えた。
 噛むところを滅多に見ない確かな腕で、コントもしゃべくりもその中間も自在の彼らに最早、漫才とコントの境のような論議は無用かもしれない。手足の長い体形、特徴的な顔かたちと忽ち変幻する表情、指先まで繊細でいてスピーディーな身ごなし―数年前のアメリカでの英語漫才でも浜本は完全にヴォードヴィリアンとして受け容れられたに違いない。
 だから漫才でもコントでもその融合型でも何でも、彼らは総合表現芸として自由にやっていけばいいのだと、今回思った。浜本の才だけではない。スピーディーさでぴったりシンクロし、これ以上くどくても、バタ臭くても、もっさりしても浜本の良さを損ねるツッコミの加減が良い白川とのコンビネーションも評価されるべきだろう。ビジュアル的に華はないかもしれないが、バランスがとれ、地味故に却って磨いた芸が引き立つコンビなのだと思っている。

 パンクブーブー。ネコ派なのに犬を飼っているところから始まり、キッキーとブレーキ音に思わせて「危機」という叫び声だったり(少々難解なキライはあったが)、事故で跳ね飛ばされたのが助けようとした犬ではなく自分だったり、飼っているのは実はイヌという名のネコだったというオチまで、腹ぺっこぺこならぬ膝ぺっこぺこのフリと回収をはじめ多くのギャグを織り込みながら、トレードマークの肩透かしネタを5分半一気に演じきった。

 TVでは旅バラエティーばかりで漫才を観る機会は少ないタカアンドシ。「欧米か」式の応酬も「○○だなそれは」のツッコミも懐かしい。どちらかと言うとオールドファッションのボケが多いが、それはそれで悪くない。トシのテンションが終始高めで一本調子に感じるところもあったが、原点であるしゃべくりに対する彼らの熱意とこだわりが伝わってくる熱演だったと思う。

 ウーマンラッシュアワーの村本に対する好き嫌いと、芸人が漫才の中で政治的にせよ社会的にせよ何かを主張するということに対する、或いはその主張そのものに対する賛否はあって当然である。個人的には、漫才としてはあまり評価しないが舞台も主張も「振り切れる」ようならちゃんと見ようと思っていた。
 しかし、振り切れているかどうかは別として今回、原発を取り上げながらちゃんと漫才になっているところに驚かされた。
 吉本芸人にしては不祥事もないのに嫌いな芸人ランキング入りしているというつかみから、地元大飯町の夜の暗さを取り上げ「これだけは叫ばせてください。電気はどこへ行く」と絶叫する煽りも、ウルトラマンと怪獣ばかり見てその足元で家がたくさん潰されてることを誰も見ようとしないという例えも、真摯に受け止めると言いながら何も改めない安倍政権をツイッターで批判して炎上しクレーム殺到で残業続きの吉本社員が困ったことを「真摯に受け止め、そのまま批判を続けた」というボケも、笑いを呼べたのは単なる声高の毒舌にとどまらずネタとして構築しようという彼らの気構えがそれなりに伝わったからだと思う。
 感心したのは「原発で飯を食う食わない」の話をあちこちでしていることを聞いた小泉元首相と対談したというくだり。溜めるでもなく構えるでもなく、ほぉという声にそこまで披歴するかという声が交ざる暇を与えず「そこで気付いたんですが、いま原発で飯食ってんの私でした」とオチを付けた所の間は、予めそれを計っていたのならいたで、またその場の反応を見て咄嗟にその間を選択したならしたで、村本のセンスが評価されるべきだろう。
 皆が日頃逃げているからと原発連呼を浴びせ、「いるのにいない透明人間が日本にはいっぱいいる。透明人間の言葉は誰も聞かない。原発の町にも言いたくても言えない透明人間がいっぱいいるんです」と、立地した小さな社会のしがらみと歪みを語る村本。
 「今日はみんなとしゃべりたい、カメラの向うの社会としゃべりたい」というセリフは反応を受けてのアドリブだったかもしれないが、やや雑然とした部分はありながらも、漫才としての流れに乗り思いを伝えられたのではないか。
 しかし、最後っ屁のようでいて全体の流れに上手くつながった「笑いは緊張からの解放ですから、今おまえらを逃がしてやったのは俺だぞ。じゃあな」の下げは、予定通りだったのだろうか。自信はあったのかもしれないが受けなかった場合はどうするつもりだったのか?余計なことだが。

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